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広島地方裁判所 昭和33年(わ)732号 判決

被告人

堂免悦信

外二名

主文

被告人堂免悦信を懲役六月および罰金二、五〇〇円に、

被告人瀬戸高行、同氏川孝之をいずれも罰金二、五〇〇円に各処する。

但し、被告人堂免悦信については本裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

被告人らにおいて右罰金を納入することができないときは、いずれも金五〇〇円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

訟訴費用中、別紙(一)記載の分については被告人堂免悦信の負担とし、同(二)記載の分については被告人三名の連帯負担とする。

理由

(被告人らの組合経歴)

被告人堂免悦信は昭和二一年現在の日本国有鉄道(以下単に国鉄という)に就職し、その後国鉄労働組合(以下単に国労という)広島地方本部広島駅本構分会分会委員になつたものをはじめとして、爾后同分会書記長を経て同三三年同地本広島第一支部青年部長となり、同年一一月警察官職務執行法改正に対する反対運動の展開された当時もその地位にあり、さらに同三四年一〇月には広島第一支部執行委員となつたが、現在は広島県労働組合会議事務局次長の地位にあるもの、

被告人氏川孝之は昭和一〇年国鉄に就職し、同二七年八月国労広島地方本部広島第一支部広島駅連合分会執行委員となり、その後広島第一支部書記長を経て同三〇年八月には同支部執行委員長となり、同三五年六月当時もその地位にあり、現在広島県労働組合総評議会執行委員長の職にあるもの、

被告人瀬戸高行は昭和一七年国鉄に就職し、同三〇年広島駅本構分会書記長となり、爾后同分会副会長を経て(その間広島第一支部執行委員を兼ねる。)、同三四年九月広島地方本部執行委員となり、同三五年六月当時もその地位にあつたが同三六年一〇月広島第一支部書記長となつて現在に至つているもの

である。

(本件発生に至る背景)

一、政府は昭和三三年一〇月九日、かねてより懸案の警察官職務執行法の改正案を当時開会中の第三〇回臨時国会に提出し、右法案は同国会において審議に付されたが、右法案は警察官の職務権限を大巾に拡大し、ために国民の基本的人権を不当に制限圧迫する虞があるとして当時一部国民の間に批判の声があつたが、右法案の審議が進展するにつれて、これに対する批判は国民各層の間に次第に高まり、なかんずく総評等を中心とする労働団体或いは自由人権協会等の諸団体は、政府の改正の真意は労働運動および大衆行動に対する弾圧を目的とするものであるとして、右法案の撤回を求めて組織的な反対運動を強力に繰り展げるに至つたが、総評は同年一一月五日に右反対運動のための統一行動を企図し、傘下各労働組合に対してその旨を指令したので国労中央斗争委員会もこれに呼応し、右法の改正反対並びに職場内部における待遇改善等の要求を実現させることを主眼として同日午前中二時間乃至三時間の職場集会を開催するよう各職場に指令し、国労広島地方本部第一支部においてもこの指令を受けて同日午前三時(当初の予定は午前八時三〇分)国鉄広島職員会館において職場集会を開催することとなつた。

二、昭和二七年四月、日本とアメリカ合衆国との間に締結された所謂サンフランシスコ条約および日米安全保障条約が発効したが、右安全保障条約は日米の対等関係並びに我国の自主性の点で可成り欠けるところがあるため、その後政府は本条約の改正を意図し、屡々米国との間に下折衝が重ねられてきたのであるが、右改正の準備が国民の間に徐々に知られるようになつてからは、国民の間にこの条約改正案は我国の憲法に違反するものであるうえ、さらに我国をアメリカ帝国主義の下に従属させ、ひいては我国の再軍備を促進させるものである等の批判が起り、その後益々反対の声が強くなり、同三四年三月二八日には日本社会党、総評、中立労連等一三団体を幹事団体とし、日本共産党をオブザーバーとする安保改定阻止国民会議が結成され、同年八月には安保改定阻止第一次統一行動が行われ、以後同三五年六月に至るまでの間二〇数次に亘つて統一行動が展開されたが、同三五年五月一九日、衆議院において右条約改正案が社会党等の反対を押切つて強行採決の末可決されるや、前記国民会議を中心とする国民各層の反対運動は愈々熾烈となり、総評においても同三五年六月四日に抗議集会を行うこととし、国労もこれに呼応して同日午前中勤務時間に二時間くいこむ職場集会を開催することになり、五月三一日各地方本部執行委員長に宛てて指令が発せられ、広島地方本部第一支部においてもこの指令を受けるや、本部から派遣地方斗争委員石川俊彦を迎えて、同日午前職場集会を開き、強く抗議の意思を表示することになつた。

(罪となるべき事実)

第一、被告人堂免悦信は、昭和三三年一一月五日午前三時頃、広島市二葉の里国鉄広島職員会館において、当時国会において審議中の警察官職務執行法改正案に反対することを主眼として開催されようとしている国労広島第一支部の職場集会に広島駅運転事務室の勤務員を連れ出して参加させるため、同日午前三時三〇分頃、十数名の行動隊員と共に国鉄広島駅長小倉信雄管理にかかる同広島駅構内所在同駅運転事務室に不法に侵入し、折柄勤務中の勤務運転掛(計画運転掛が休養中のためその勤務も代行中)広田強(当時三八年)並びに休養時間中の同室勤務の計画運転掛林政男(当時三九年)指導運転掛木上一美(当時四二年)に対し、一応職場集会に参加するよう説得したが、同人らにこれを拒否されるや同人らの意思を無視して強いて前記集会に参加させるべく、同行して来た前記行動員に対して右三名をむりやり連れ出すよう指揮し、この指揮に応じて行動隊員一〇数名が、机にしがみつく等して必死に集会参加を拒んでいる右広田強、林政男、木上一美の腕を引き、背部を押し、さらに腕を抱えて体を持ち上げる等の暴行を加えて強引に同人等を同所より約四五〇メートル離れた前記職員会館迄連行し、もつて多数人共同して右三名に暴行を加え、かつ右暴行により広田強の列車休活処理および列車入換作業の計画等の職務の執行を妨害し、

第二、被告人堂免悦信、同瀬戸高行、同氏川孝之は昭和三五年六月四日、当時国会において審議中の日米安全保障条約改正案につき、自由民主党が衆議院において強行採決の末可決したことに対する抗議運動の一環として総評が企図した統一行動に参加し、同日午前二時頃、行動隊員数十名と共に、国鉄広島駅長真野秀夫管理にかかる同広島駅構内所在広島駅本構北口信号てこ扱所を占拠すべく同所に押しかけ、折柄右行動隊員の入室を阻止すべく同所入口で警備中の鉄道公安官山際政信らが制止するにも拘らず、前記行動隊員と共に右公安官を排除して同所二階信号てこ扱所に不法に侵入し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

一、本件立入所為の正当性、合法性の主張について

弁護人は被告人三名の本件判示第二の立入りはいわゆる安保斗争の一環としてなされたものであるが、右所為は、違憲の疑いの極めて濃く、又現に我国の安全に重大な危険の生ずる虞れのある日米新安保条約の批准に反対し、又政府与党によつて蹂〓された議会主義を守るためのものであつて、その目的においでも動機においても正当であり、又右の目的達成につき必要に迫られて行つた最小限度のものであつてその手段方法も亦相当である。さらに本件は憲法の基本的秩序乃至根本規範そのものを守ろうとする所為であり、まさに憲法にその正当性の根拠を有するものであると主張する。

そこで判断するに、本件各証拠によれば被告人三名の判示第二の所為がいわゆる安保斗争の一環としてなされたものであることは明かであり、かつ本件当時右斗争が相当多数の国民の支持を受けて強力に展開されたこと、また、当時政府や議会の採つた措置に厳しい批判のあつたことは各証人の証言を待つ迄もなく当該裁判所に公知の事実である。しかしながら仮に被告人等の有していた目的、動機が正当なものであつても、その故をもつて直ちに右目的達成のために採られた手段方法がすべて無制限に許容されるものと速断し得ないものであることは言うまでもないところである。即ち民主々義を標榜し法の支配する国家においては、特定の信念或いは目的を持つ個人乃至集団が自己の抱くその信念或いは目的を絶対至上のものとして、これに反対する者の意思を無視して恣いままに実力を行使することは、たといその信念や目的が客観的に正しいものであつたとしても到底許容されえないのである。つまり一ツの目的を達成し、信念を実現するための手段方法にもおのずから内在的な限度が存し、その限度を超えているかどうかが刑法的評価の対象となつた場合にはあく迄も憲法の下に存立する実定法秩序の基盤に立つて問題の行為を検討せねばならないのである。ところで被告人三名は国鉄当局が鉄道運輸の確保のため勤務員の同意の下に施錠し、さらに鉄道公安官を配置して、前記の如き安保斗争の一環としての立入り行為を一切拒否する旨の意思を明示している(当局のこの措置に違法はない)本件北口信号てこ扱所を占拠すべく同所へ多数の行動隊員と共に押しかけ、施錠されている扉を破壊してとりはずしたうえ、立入りを防ごうとする公安官数名を実力で排除して同所に侵入し、勤務員の勤務を事実上不能ならしめて同信号てこ扱所の機能を麻痺せしめ、その際行動隊員ともみ合つた公安官の中には軽度の負傷をした者をも出しているのである。

かような過激な実力行使は、たとえそれが新安保条約は違憲であるとの信念の自然の発露であり、且当時政府与党によつて蹂躪された議会主義を守ろうとする目的に出たものであつたとしても先に説示の如き基盤に立つてこれを考えると、その目的信念にかなつた必要かつ最少限度のものであつたとも相当な行為であつたとも到底断定しえないのであつて明らかに違法な行動であつたというの外ないのである。

さらに新安保条約は、法理的にみる限りにおいて一見極めて明白に違憲無効であると断じ得られるものでもなく(最高裁昭和三四年一二月一六日大法廷判決、東京地裁刑事八部昭和三六年一二月二二日判決)、従つて弁護人の被告人らの行為が憲法秩序を守るためのものであり憲法自体に正当性の根拠を有するとの主張も、その前提を欠き失当である。

二、国鉄職員の職務は公務執行妨害罪の対象にならないとの主張について。

弁護人は国鉄職員の職務は公務執行妨害罪にいう公務に該らないと主張する。しかしながら日本国有鉄道法第三四条第一項によれば国鉄職員は公務に従事するものとみなされるのであるから、その行う業務は刑法第九五条に規定する公務に該当すること明らかである。

思うに国鉄の事業内容は鉄道事業及びこれに関連する連絡船事業及び自動車運送事業その他これら事業に附帯する事業等であり、その実質は他の民間鉄道事業と殆んど相違するところはないのであるが、一面国鉄は鉄道事業の発達により公共の福祉を増進させることを目的として国の出資により設立された公法人であつて国の広汎な統制権に服しているのであり、職員もまた民間企業の従業員とは著しく異つて公務員に近い取扱い待遇を受けているのである。此の様に国鉄という企業自体及びその職員が民間鉄道企業とは異る立場におかれているのも、ひつきようその事業の規模内容が高度に公共的で公共の福祉と強く結びついているからであつて、単に我が国の鉄道事業発達の上の沿革的な由来だけからではないのである。このような理由から法律は国鉄の事業を国家作用の一部とみて役員および職員を法令により公務に従事するものとみなし、その行う事業を公務として保護しているものと解すべきであるから此の点に関する弁護人の主張も採用の限りではない。

三、公共企業体等労働関係法(以下公労法と略称)第一七条は憲法第二八条に違反するとの主張並びに公労法第一七条と労働組合法(以下労組法と略称)第一条第二項の関係についての主張について。弁護人は公労法第一七条は憲法第二八条に違反する。仮に被告人らの判示第二の所為が公労法第一七条に違反する争議行為であるとしても労組法第一条第二項のいわゆる刑事免責規定の適用を受け当然違法性の阻却されるべきものであると主張する。「しかし国鉄職員が公労法第一七条により争議行為を禁止されても憲法第二八条に違反するものでないことは既に最高裁判所大法廷判決(昭和三〇年六月二二日集九巻八号一一八九頁)の示すところであり、又公労法第一七条違反の争議行為について労組法第一条第二項の適用があるか否かについては積極、消極両説相半ばするところであるが、たとえその関係が弁護人の主張する如きものであるとしてもこの免責規定の適用を受けるにはいずれにしてもその所為が労働組合の団体交渉その他の行為であつて同法第一条第一項の目的を達するためにしたものであることが前提である。しかしながら被告人らの本件所為は労働者が自らの経済的地位を向上させることを直接の目的としたものではなく、先に認定の如く安保斗争の一環としてなされたもので、その主眼とするところはあく迄も日米新安保条約の成立を阻止するところにあり、右はいわゆる「政治スト」と称されるものであつて正当な争議行為とは到底認められないものである。さすれば弁護人の右後段の主張も結局その前提を欠いて失当であり以上いづれの主張も採用の限りではない。

(法令の適用)

被告人堂免悦信の判示第一の所為中広島駅運転事務室へ侵入した点は刑法第一三〇条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に、広田強の公務を妨害した点は刑法第六〇条第九五条第一項(尚広田強に対する暴力行為等処罰に関する法律違反の点は公務執行妨害の罪に吸収されるものと解する)に、林政男、木上一美を強いて職員会館へ連行した点は暴力行為等処罰に関する法律第一条第一項刑法第二〇八条第一項、罰金等臨時措置法第三条第一項第二号に、被告人堂免悦信、同氏川孝之、同瀬戸高行の判示第二の所為はいずれも刑法第一三〇条罰金等臨時措置法第三条第一項第一号に各該当するところ、被告人堂免悦信の判示第一の建造物侵入、公務執行妨害、暴力行為等処罰に関する法律違反の各罪についてはいずれも所定刑中懲役刑を選択し、被告人堂免悦信、同氏川孝之、同瀬戸高行の判示第二の罪についてはいずれも所定刑中罰金刑を選択し、被告人堂免悦信の判示第一および第二の各罪は刑法第四五条前段の併合罪であるから第一の各罪の関係については同法第四七条本文、第一〇条に従い犯情最も重いと認める公務執行妨害の罪の刑に法定の加重をし、その刑期範囲内で同被告人を懲役六月に処し、判示第二の罪については被告人堂免悦信、同氏川孝之、同瀬戸高行を所定罰金額内においていずれも罰金二、五〇〇円に処し、(被告人堂免悦信に対しては刑法第四八条を適用)被告人らが右各罰金を完納することができないときは同法第一八条第一項に則り各被告人とも金五〇〇円を一日に換算した期間労役場に留置することとし、被告人堂免悦信の懲役刑については同法第二五条第一項第一号を適用して本裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用中、別紙(一)記載の分については刑事訴訟法第一八一条第一項本文により被告人堂免悦信に負担させ、別紙(二)記載の分については前同条並びに同法第一八二条により被告人堂免悦信、同氏川孝之、同瀬戸高行に連帯して負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 渡辺雄 田原潔 宮本増)

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